秘密の花園?
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 
 


日本で 春の訪れを告げる花といや、
梅やロウバイ、沈丁花などなどと可憐な花もいろいろあるが、
何と言っても桜が筆頭。
一つ一つは小さな花でありながら、
その群生ごとに一斉に咲くという圧倒的な華やぎが、
厳しい冬を越えて訪れる待望の春を象徴するに相応しいと。
人々は桜花の織り成す陣幕に見惚れ、
そこへ集まって、ひとときの開放感に浮かれたりもする。
そんな春の始まりが、凄絶な花吹雪で一区切りつくと、
次には新緑がぐんぐんと萌え始め。
冬枯れの野に緑がぽちぽちと差す…どころじゃあない、
そちらもまた、日を追うような目覚ましさ。
陽だまりでもないのに明るいのが驚きという、
発色のいい若い緑がめきめきと、樹木の梢や茂みを彩り。
若いの渋いの様々な緑が
こちらも日々健やかに強まる陽光との拮抗を始める頃合いに、
こちら初夏の花々がいよいよの出番ですねと顔を出す。

 「ツツジにサツキでしょ?
  春バラもこの時期だし、
  百合に紫蘭、もちょっと経てば芍薬に夾竹桃に。」

アジサイの茂みもぐんぐんと野放図に盛り上がるほどの、
そりゃあ伸びやかな新緑の中だから余計に、
白や緋色がそれは映えて綺麗よねぇと、
何とも優雅な話題に沸き立ちつつ。
こちらも、柔らかな緑葉の中に
今が盛りの白い房花がそれはたわわな、
中庭への目隠し代りのハリエンジュの木立の傍らを。
彼女ら自身も花のように可憐で瑞々しい、
お揃いのセーラー服姿のお嬢さんたちが、
ころころと微笑い合いつつ、軽やかな足取りで通り過ぎてゆく。
手に手にレッスンバッグのような手提げや、
お手製だろうか、キルティングの袋をお持ちだから、
今からスポーツ系の部活へ向かわれるのらしく。
遠い校舎からは、やはり軽やかな笑い声がしたかと思えば、
ピアノの伴奏にのって、伸び伸びとした斉唱が聞こえたり。
新学期の緊張も落ち着いて来た頃合い、
五月半ばの放課後の学園内は、
どこか開放的な空気にほのぼのと浸されていて。
初夏の健やかな陽を ちょっと外れて眺めつつ、
木陰で午睡と洒落込みたくなるような雰囲気でもあるが、

 “そのお昼寝を無粋な相談の声で邪魔されたんですもの、
  ちょっとは意趣返しをしたいじゃありませぬか。”

同級生らしかったお嬢様たちが通り過ぎるのをやり過ごし、
ハリエンジュの足元に据えられてあったイヌツゲの茂み、
ちょっとはしたなかったが、
長い御々脚で挟み込むよにして がささとまたいで、
よいしょと小道へ出て来たお嬢様。
部室長屋があるのと逆方向へ、たたたっと足早に掛けてゆく。
彼女もまた此処の生徒なのだから、
誰に見とがめられることもないのだけれど。
都大会の優勝を収め、高校生選手権や夏のインターハイを目指して
練習に励んでいるはずではと小首を傾げられたかも。

 「……。」

木立を出てすぐ、そんな彼女と合流したもう一人のお嬢さんにしても、
あらじゃあ さっきの斉唱の伴奏は、どなたが手掛けておられるものか。
夏の公演に向けての練習があるからと、部活を早引けなさったのであれば、
こんなところにいるもの奇妙と、やはり小首を傾げられただろう。

 「手筈は?」
 「米が…。」

二人とも韋駄天であることでも知られておいでだが、
それにしたって、こんな平時に尋常ではない速さで翔っておいでで。
しかも、見交わした視線の、何とも強かなことよ。
傍らに伸びていたユキヤナギの茂みが
触れもしないのに さわわと大きく揺れたほどの疾走で。
一応は飛び石で順路が導かれているものの、今はあまり人気のない方へ、
たかたったと駆けてく、もう何となくお察しですねの、
二年の聖女様と麗人の君、
白百合様と紅ばら様が通り名の、金髪娘二人連れ。
柔らかな下生えを千切るようにしての鋭い疾走ぶりで向かうのは、
中庭に位置する、アールデコ調の作りもそれは優美な第二温室で。
こちらでは有名な五月祭の際も、
中央に張り出す格好のバルコニーが女王の巡行コースとされており。
卒業生らが残した記念樹などが増えたため、
主幹となる第一温室は前庭に接する位置に新設されて久しいが、

 「まさかこんなところに、
  あの幻の“ヲトメの囁き”の原種があろうとは。」

そんな声がして、二人がウッと身をすくめつつ立ち止まる。
七郎次なぞ、日頃のお行儀のよさからは想像も出来ぬそれ、
ちいと軽く舌打ちをしたほどに忌々しくも、
何物かに先を越されたようであり。

 「そんなに珍しい品種なのですか?」
 「ああ。和種の収集家にしてみれば、垂涎の椿でね。」

女学園という場所柄から、今時分に咲くような華やかな花しか話題にならず、
年端の行かぬ娘らにも、この樹の価値が判りはしないのだろうがと、
だから埋もれていたと言いたいか、それとも、

 “悪うございましたね、節穴で。”

いやそんな。
そこまではっきりとは言ってなかったですよ、お相手も。
七郎次と久蔵が入り口手前で素早く立ち止まったのは、
誰ぞかの声がしたせいもあったが、
見張りなのだろか、入り口に二人ほど、
背広姿の男衆が狛犬よろしく立っていたからでもあって。

 “正式な来賓の訪問や見学なら、そんなものは要らぬはず。”

何と言っても此処は女学園であり、
可憐な令嬢たちが それは無防備に過ごしている花園ゆえ。
基本的に男子禁制、
力仕事もあるのでと職員の中には男性もいるが、
何らかの作業中は、あくまでも事故が起きぬよう、
生徒が該当区へ立ち入らないようにと
告知があった上で看板での封鎖を徹底するし、
外部の業者や来客の方が入る場合は、
シスターが必ず複数で道案内をすることとなっている。
なので、この配置は
そういったこちらなりの手筈が打たれてはないことを如実に表しており。

 “堂々の不法侵入ですね。”

しかも、見張りがSP風で履き違えもいいとこですねと、
白百合さんがキリキリと眉を吊り上げておれば、

 ヴゥ〜〜〜ン、と

制服のポケットでスマホが着信を告げて振動する。
彼女らだけで非公開にして使っている“ささやき”への通信で、
液晶画面へ連ねられたは、短い英語の単語が!つき。
この風貌なのにと不思議がられるほど、
英語が苦手なこちらの金髪娘らが、だが、
これは判りやすかったか即座に飲み込み。
どちらからともなくお顔を見合わせ合うと、
それは力強く“うん”と頷き合って。

 「…。」

丁度吹きつけた風が、
周囲の木々をざわめかせたのに紛れ込むよに。
久蔵が頭上に張り出していた枝へ飛びつくと、
痩躯ではあるがそれでもお見事な仕儀、
懸垂だけでひょいと梢の中へ乗り上がり。
重さを感じさせない身ごなしで、
温室の入り口の向こう側へと渡ってゆくので。
そんな行動で、彼女の意図するところも通じたらしい七郎次。
まだ長袖の制服の、
可憐な腕をぶんと勢いつけて振り抜けば、
久蔵が仕込んでいるのとちょっと見は変わらない警棒が、
それは間のいい仕掛けよろしく、手の中へと滑り出る。
ラバーを巻かれた持ち手の部分を、
一旦ぎゅうと握って掴み具合を安定させて。
もう一度、先程と同じ風が吹きつけたのへ、
今度は足音と気配を紛れさせ、
何の打ち合わせもしなかったというに、
ほぼ同時に左右から飛び出した白皙の美少女二人。

 「え…?」
 「な…っ。」

恐らくは、誰かが近づいたら時間を稼げとくらいの
指示しかされてはなかったらしい、単なる“見張り”役二人。
小柄なセーラー服姿のお嬢様に襲い掛かられようという
とんでも想定は、その行動予測範疇になかったようで。
ひゅっと風切る警棒の切っ先で、それぞれに肩口を強かにぶたれ、
あっと言う間に昏倒しておいで。
倒れ付す物音も剣呑と、得物を振り切った後の自身の肩で、
気絶した やや大柄な男衆を受け止めてやり、
こそそとドアの陰へ座らせてのさて。

  ―― DASH!

そうと呼びかけられたからにはと、
見張りを畳み、開放されたままの戸口から、
何食わぬ顔で踏み込んだお嬢様二人。
屋外の目映いまでの明るさの反作用か、
温室の中は、場所によっては支柱やバルコニーの陰が落ち、
一際暗い一角もあって。
とはいえ、こちとら当番でお掃除もすれば
お弁当を食べにと入り込みもする特等席。
内部は知り尽くしているのだ、恐れるに足らぬと、
背条もしゃんと延ばしたまんま、
花壇の間を縫う石畳をこつこつと歩み入れば、

 「おや、お嬢さんたちはこちらの生徒さんたちかな?」

そちらもスーツ姿の、やや年嵩な男性が二人ほど、
何故だか大層なゴルフバッグを、それぞれの肩に担いで立っておいでで。

 「ええ。
  花がどのくらい咲いているのか、数える当番がありますの。」

七郎次がそんなお言いようをし、
久蔵がうんうんと頷くと、自分のスマホを手帳のように手元へ取り出す。

 「そうそう、時季外れに咲いた花や、
  これまでには例のない色の花が咲いても
  チェックが必要なのですよ。」

七郎次もまた、自分のスマホを取り出して、

 「例えば、“ヲトメの囁き”なんて名前の椿とか。」

スマホをかざし、わざとらしくもフラッシュつきで
カシャリとシャッター音をさせると、
さすがにまずい雲行きと察したか、

 「な、何をするのだ、失敬な。」
 「こちらの方は、
  後援会へも多額の援助をなさっておいでの…っ。」

後で判ったが、庭師として契約している業者へ手引きさせ、
案内もなく勝手に入り込んでいただけでも破廉恥な所業だというに。
小娘相手と甘く見たのか、
いやいやシスターが相手でも
理不尽な順番で高圧的に出るつもり満々だったか。
何やら身分的なことを言い立て出そうとするものだから、

 「だからと言って、
  ゴルフバッグに勝手に椿をねじ込んで
  持ってっていいって理由にはなりませんわ。」

やたらと彼女らの後ろを伺う視線からして、
ドアに立たせた見張りが加勢に来ぬかと期待しているらしかったので、

 「狛犬みたいに立ってた殿方なら、
  二人ともさっき伸したばかりですから来れませんよ?」

言いつつ、びゅっと足元へ振り抜いた手の先、
足元へ付かんという長さのポールや、もう片やはスライド式の特殊警棒、
手慣れた様子で繰り出して見せれば、
うぐと息を飲んで、もはやこれまでと…諦めればいいものを。

 「小生意気な小娘めっ!」

片やの伯父様が相棒のバッグの上部を
ジジジーッとファスナー引いて開けたれば。
ぱかりと開いた中から見えたは、
交通標識みたいな形の、大きめのスコップの金属部分。
それを力いっぱい引っ張り出して、ぶんっと振り回し始めたものだから、

 「…しゃ、社長っ!」

道具持ち込み担当だった、専務だか秘書だかが
さすがに慌てて止めようとしたけれど、

 「ええい、うるさいっ! ワシはどうしてもこれを持ち帰るぞっ。」

案外と力持ちだったか、それとも破れかぶれになったからか、
ぶんと振り抜いたスコップの柄の側、
脇からはみ出してた方で、専務さんはあえなく突き飛ばされてしまったし、

 「わっ、ちょっと危ないっておじさま。」

階段状の棚へと並べてあった鉢を片っ端から叩き落とすに至り、
ああこれは園芸家ではなく、ただのコレクターか投資家の部類だなと。
見切りをつけた二人が、それぞれの得物を構えたものの、

 「…っ。」
 「うん、ちょっと狭いかな。」

温室の中という場所がまずい。
間合いへ飛び込んでみぞおちを警棒の柄で殴るにしても、
結構な馬力で振り回されるスコップはかなりの機動力を見せており、
狭い通路の幅一杯に振られているお陰様で
ひょいと近寄る隙がなかなか出来ぬ。
さりとて早く手を打たないと、今はお休み中のプリムラが全滅しかねない。
こうなったら、多少 手が痛くても我慢かなと、
相打ち覚悟で突き出すべく、
久蔵が警棒を縮め、逆手に持ち替えたその間合いへ、

  しゅわっ、と

まさに不意打ちで、
想いも拠らない存在が、彼ら彼女らへと降りそそぐ。
丁度、取り乱しまくりのおじさまの頭上から降って来たそれは、
さながら、深山の奥から滲み出て来た
霊的効果でもありそうな、白くて怪しい一陣の霧。

 「な…なんだっ、これはっ!」

しかも結構な濃さだったその上、なかなか速やかに降りて来たので、
真下に居合わせたおじさまは、視界を奪われ、相当に焦ったに違いなく。
意表を衝かれたことで、一瞬だけ動きが止まったものの、
焦ったそのままますます暴れられても剣呑と、
思うより早くに ひゅっ・かと風を切ったのが久蔵さんの特殊警棒。

 「ぐあっっ!」

結構な貫禄のあったその身に相応しい、
分厚いお肉も計算に入れての一突きは、
みぞおちへぐんと入ってそのまま効いたようであり。
眸を剥いてその場へ頽れ落ちたどすんという物音で呼ばれたか、
人払いを兼ね、庭の別面へ呼び出されていたシスター長が、
何事ですかと乗り込んで来たころには、

  『椿泥棒へ、天誅下しまし候』

そんな張り紙をおでこへ貼られたおじさまが伸びていて、
その傍らに、申し訳なさそうに、
お連れの皆様が立ち尽くしていたのだそうな。






 「だから、これは冷房効果のあるスモーク発生装置でしてね。」

結構な幅と量の霧がもくもくと、
どっかのステージへの効果用もかくやという
とんでもない威力で降り落ちて来たからには。
さぞや本格的な代物かと思いきや、
ホームセンターなんぞで売っている、
家庭用の高圧洗浄機みたいなコンパクトさのそれであり。

 「わわ、そんなのまで作りますか、ヘイさんたら。」
 「インターハイへ。」

ええ、応援席へ設置して差し上げようと思って開発しましてね。
その試験運転を兼ねて、
何だか怪しい打ち合わせしていたおじさんたちの侵入へ
煙幕とかに使えないかなぁって思いまして、と。
説明したその通り、
窮鼠猫を咬みそうになってたおじさんの、
注意を見事に逸らしてくれた逸品は、
この夏に女学園のあちこちで大活躍もしたのだが、

 『勝手に温室まで入り込み、勝手に椿を盗み出そうとした某氏は、
  こんな醜聞が広まったら財界にいられなくなるという聡明な判断から、
  向こうから頭を下げての謝罪をした上で、
  犯人捜しは要りませんから、どうかご内聞にと言って来たらしいぞ。』

 『犯人捜しという言い方には腹も立とうが、
  それが狡猾な大人の世界ならではの流れだよってな。』

 『そうだぞ?
  まずはと相手を先制で叩きのめした以上、
  そこをあの部下さんたちに
  あくまでも個人的にという形でねじ込まれていたらば、
  下手を打てば 傷害の罪で補導は免れられなかったかも知れぬのだ。』

お主らこそ頭を冷やせと、
その喧嘩早さを何とかせねばなと、
そうかそれほど、監視つきの中間考査のお勉強をしたいのかと、
それぞれの“保護者”様たちから三者三様のお説教をされ。


  てへぺろで誤魔化したお嬢さんたちだったそうでございます。






    〜Fine〜  14.05.16.


  *それもどうかと……。(笑)
   新緑も瑞々しい清かな季節に、
   やっぱり大暴れのお嬢さんたちでして。
   こういう動きを知ったなら、
   警察関係者もいるのだ、大人へ通報しなさいとあれほど。
   君らの勘のよさも知っているのだ、
   気のせいだの悪戯だのと一笑に付すことはないというに。
   などなどなどと、
   口を酸っぱくしてというのの
   いい見本のようなお説教を食うことになるのもまた、
   ……その間だけは相手を独占出来ると思や、
   お嬢さんたちには、ちょっとだけ嬉しいことなのかもですね。

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